宗教主任 石垣 雅子

聖書の言葉

主に従う人は、口に知恵の言葉があり、その舌は正義を語る。神の教えを心に抱き、よろめくことなく歩む。

旧約聖書 詩編37編30-31節

I

放課後、ちょっとお腹がすいたのでマクドナルドによってハンバーガーを食べることにしました。お店に入るとマクドナルドの店員さん(もしかするとアルバイトかもしれません)があなたに声をかけてくれることでしょう。きっと彼女/彼は「いらっしゃいませ。こんにちは。こちらでお召し上がりでしょうか」とあなたに声をかけてくれるはずです。あなたは「フィレオ・フィシュとあったかいウーロン茶下さい。それからポテトのSサイズもひとつ」と答えます。するとマクドナルドの彼女/彼は「ありがとうございます。フィレオ・フィシュとウーロン茶のホット、ポテトのSサイズがお一つですね。では、お会計を先にさせていただきます」とあなたに言うはずです。何故なら、それはマクドナルドのお店で決まっていることだからです。全国共通、北海道から沖縄まで同じことです。
このことをマクドナルドの接客マニュアルと呼びます。マニュアルというのはわかりやすく言えば決まり事です。お客が店に入ってきたら何と声をかけるのか、注文したら何と答えるのか全て決まっています。決まり事の中で仕事するのがマクドナルドの店員さんなわけです。ですから、お互いの会話が決まり事(マニュアル)によってのみ成り立つわけです。マクドナルドはハンバーガーをあなたに売ってくれ、あなたはハンバーガーの代金をマクドナルドに払う。モノの売り買いですからこれでいいのかもしれません。

II

でも、わたしはマクドナルドに行くといつも少し腹が立ちます。それは店員さんの言葉が自分の言葉ではないことを感じるからです。「ありがとうございます」と言いながら、本当はどうでもいいんだけど仕方なく言っているみたいな、そんな感じがあるからです。確かに笑ってはいるけれど、その笑顔は心からの笑顔なのではなく仕事だから仕方なく笑っているような印象を受けるのです。
その「ありがとうございます」は自分の言葉ではない言葉です。もっと言うならば、全く心のこもっていない言葉です。そして、心のこもっていない笑顔です。心のこもっていない言葉や笑顔は決して相手に伝わっていくことはありません。ハンバーガーが食べたかったんだから、それが買えればそれでいいじゃないかと言われてしまえばそれまでのお話です。

III

わたしたちの人間関係は決してそういうことだけでつながっているわけではありません。相手に対して自分の気持ちが伝わっていく、そして相手の気持ちが自分に伝わってくるような、そんな関係こそがわたしたちの結び合いたい関係です。どうでもいい言葉や仕方のない笑顔はわたしたちにそういう関係を与えてはくれないのです。わたしたちの話すどうでもいい言葉や仕方のない笑顔もまた相手には伝わっていかないのです。
振り返って考えてみるとき、わたしたちは自分の最も親しい人たちに対してすら、どうでもいい言葉や仕方のない笑顔で接していることがあるのではないでしょうか。決まり事(マニュアル)に支配された、自分の言葉ではない借り物の言葉で話をしているときがあるのではないでしょうか。それではマクドナルドの店員さんと一緒です。本当にそれでいいのでしょうか。このとき、今一度このことをよく考えてみたいと思うのです。