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お知らせ

礼拝でのお話

さびしさからの解放

宗教主任 石垣 雅子

聖書の言葉

病人は答えた。「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです。」

新約聖書 ヨハネによる福音書5章7節

I

夏目漱石の「こころ」という本はわたしの愛読書のひとつです。何度も読んだせいか「こころ」の中の色々な文章が思い出されるのですが、その中でも一番わたしの印象に残っているのは「先生」が「わたしはさびしい人間です」という場面です。さびしいという言葉の意味をどのように受けとるかは色々あるでしょう。「こころ」の中で「先生」はつきあいが少なく友人や知人があまりいない自分の状態をさびしいと言っています。
しかし、さびしいという状態は友人や知人があまりいないことを指すことだけではないと思います。というのは、人は誰でもみんなさびしいと思うことがあるのではないかと考えるのです。そして、かえってたくさんの人たちがいる中で感じるさびしさの方がとても深い悲しみを抱えているのかもしれないとすら考えることがあります。例えば、いじめというものを考えてみるとき、いじめを受けている人は深い孤独感や孤立感を感じているだろうと思います。まわりには人がいるのに誰も自分を助けてはくれない、それどころか自分のことを無視しているとしたら、さびしいしひとりぼっちだと感じることでしょう。
ひとりぼっちでもかまわないと思える人は良いのかもしれません。でも、多くの人間は(わたしも含めてですが)、自分がひとりぼっちでもかまわないとは思えないのです。さびしいままではなかなか生きていけないのです。「こころ」の中で「先生」もまた、自分自身のさびしさを認めながらもどこかで肯定できないでいるように思われます。「わたしはさびしい人間です」と語りながらも、さびしさからどうにか解放されたいという願いを持っているように思われるのです。わたしたちもそうでしょう。さびしいままでもかまわないとか、孤独であっても仕方ないとか思って生きてはいないのです。誰かと共に、心許せる人たちと一緒に時間を過ごしていきたいと考えているはずなのです。

II

聖書においては、まず旧約聖書、創世記の人間創造物語において「人がひとりでいるのは良くない」と語られています。ひとりでいることは神の意志にかなっていないのだというのです。誰かと共に生きることこそ神の望む人間の生き方なのだと考えられているわけです。このことは新約聖書にも引き継がれていく考え方です。イエス・キリストもまた様々な人々が孤独の中で生きているのをそのままで良しとはしませんでした。これは神の意志とか望ましい生き方だからというよりは、イエスがそれらの人々を放ってはおけなかったからなのではないかとわたしは考えています。
今日読みました聖書もそのような物語のひとつです。ベトサダの池のところに38年間病気のまま横たわっている人がいたというのです。38年という歳月がどれだけの苦痛をその人に与えたのかは想像するに余りあります。しかもその人は、イエスが声をかけたとき「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです」と言っています。ベトサダの池の水が動くときに池の中に入れば病気がいやされるという言い伝えでした。でも、38年の長い間その人を助け起こして池に入れてくれる人は誰もいなかったというのです。ということは、その人はひとりぼっちのさびしさの中にずっと生き続けてきたのだということです。誰も自分のことをかまってくれない、誰も助けてくれない現実の中にあり続けたということです。
イエスはその人の病気をいやします。病気が治ったということもすごいことですが、わたしは今日まで孤独の中に生き続けていたであろうひとりの人を、そのさびしさから解放したイエスの姿に注目したいと考えるのです。振り返ってみるとき、わたしたち自身の現実にもどうしようもないさびしさや孤独感があります。誰かとつながっていたいと考えて、メールや電話のやりとりをする日々があります。しかし、今自分のまわりにいる隣人たちを本当の意味で理解しようとしているのかというと怪しいところはたくさんあるのです。自分の気持ちの押しつけになっていたり、自分だけがかわいいになっていたりすることは多々あるのです。そのことの故によけいにさびしくなったりもするわけです。
イエスはそのようなわたしたちをもさびしさや孤独から解放してくれようとしているはずです。今どんなにさびしさや孤独感を感じていたとしても、イエスはわたしたちと共に歩んでいてくれているはずなのです。そのことの意味を考えたいと思います。そして、もっと丁寧に、もっと心をこめて、自分の隣人たちを大切していたいと願うのです。

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