教諭 三上 千秋

聖書の言葉

『雨も雪も、ひとたび天から降れば、むなしく天に戻ることはない。
それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ
種蒔く人には種を与え、食べる人には糧を与える。』

新約聖書 ヨハネによる福音書8章32節

I

皆さん、今朝朝ご飯を食べてきましたか?何を食べましたか?
最近の皆さんをみていると、疲れている人がたくさんいます。そういう私も「あ あ、くたびれた」と思うことが多いのですが、今日は元気な人を紹介します。

皆さんは、料理研究家小林カツ代さんを知っていますか?最近は息子のケンタロウさんも料理研究家として活躍されています。彼女は大阪生まれ。食の仕事を中心に、TV・ラジオ・新聞・雑誌など多方面で活躍。生活に視点をおいた姿勢が多くの人に支持されており著書は160冊以上です。彼女のモットーは「よりおいしく、より手早く」です。そして、彼女はクリスチャンです。

台所で包丁を握り、まな板にむかうと、神様を感じるとカツ代さんは言います。 野菜の美しさ、人間が作ったように見えて実は自然をつかさどる大いなる力によって作り出される食材、それらをすべて神様からの賜物だと感じるからです。心を込め、感謝を込め、腕をふるい、おいしく作らなくっちゃと思うのだそうです。

料理研究家として彼女は年子の2人の子供を抱え、仕事を続けました。子供をもって、こういうものを食べさせた方がいいな、これは良くないなと思うことがたくさん見えてきた。だから「ほら10分で、いや5分でもこんなにおいしものができちゃうのよ」「子供がいてあなたも忙しいでしょう。それでもこんなにおいしいものができちゃうのよ」と皆に教え続けているのです。「よりおいしく、より手早く」が彼女のモットー。最近はよく「何で手をかけて料理を作らないんだ。」「何でもっと時間をかけて料理を作らないんだ。」「近頃の主婦は手抜きである。」と批判されますが、カツ代さんはそうは考えません。いろいろな事情の人がいるのだからと、簡単に手早く誰にでも作れる料理を教えているのです。

II

カツ代さんは最初から料理研究家になりたかった訳ではありません。小さな頃は小説家になりたいと夢見て本ばかり読み、次は漫画家になりたいと勉強もせず絵ばかり描いていた。美大に入ろうとして、文学も良いなあと国文科に入学。大学3年で結婚。そして、料理研究家になる前は日本舞踊を教えていたのです。とにかく、『パッと思ったら、パッと行動する』人です。そんな彼女が尊敬しているのが、彼女の母親です。

彼女はとても民主的な開放的で自由な思想を持つ、明治生まれの母親に育てられました。父はちょっと頑固でしたが、母親に惚れきっており母親の言うことは何でも正しいと思っていました。母親は「カツ代ちゃん、あなたが好きな道にいきなさい。あなたが好きなことをしなさい。それが一番良いんだから。」という人でした。野球をしようと何をしようと、お料理もしなければしなくていいし、女の子だからとかは一言も言われずに育った訳です。結婚するまで、だしの取り方も知らなかったというのですから、驚きです。

そして彼女が特に母親に感謝していることは、世間体とか学歴とか差別といった一切の呪縛がなく、心がいつも自由でいられたこと。いつも絶対的な味方であったことだそうです。

彼女の母親は、クモの巣を見て喜ぶような人だったそうです。「カツ代ちゃん、見て。きれいやね。何で、こんなきれいなおうち、作れるのかな。」といつまでも見てる。だからカツ代さんも、クモが嫌いとか、気持ち悪いなんて全く思わず育ったのです。

III

とにかく何かをやりたいと思ったら、ためらわずにすぐやる。失敗したら、すぐ止めればいい。自分が責任を持とうと思えば、どんなことでもできるとカツ代さんはいいます。そして彼女は50代でアメリカに一人で行き、2ヶ月間滞在しました。一ヶ月は小さなゲストハウスで一人暮らし、あとの一ヶ月はホームステイ。アメリカには各地に「アダルト・エデュケーション」という、18歳以上ならだれでも無料で学ぶことができる成人学級があり、そのクラスを是非体験したいと思ったのです。

ほとんど英語が話せないのに、なんて勇気があるんだろうと自分で思ったそうです。娘が高校3年生、息子が高校2年生で大学受験予備軍。友人には「こんな大事な時によく行けるわね」といわれたそうです。でも、体験したかった。

カツ代さんが夫に短期留学へ行くと夫に話す場面がなかなか楽しいです。

私は「言って良いか」とか「やっていいか」と聞く妻ではありません。「やっていいか」なんて聞いたら、「いけないよ」と言われたら、腹が立つじゃないですか。そうでしょう。そこから戦いが始まるから、やりたいことは「私やる」と言うんですよ。これがコツです。だから「仕事をしても良いかしら」などと聞いてはいけません。「していいかしら」というとどっちか取捨選択しなくてはいけないから。だから私はアメリカへ超超超超短期留学に行きたいと思ったときも、かといってなかなか言い出せないんですよ。ついに言うことにしました。「私、アメリカに行くからね。」と。もう夫も慣れていますから「あっそう、仕事?」と聞くので、「仕事っていうのじゃなくてちょっとだけ勉強、ちょっとだけ取材」というと、「あ、そう。何日ぐらい?」というので「何日って言うと…」「一週間ぐらい行っちゃうの?」「一週間、いや1,2ヵ、2ヵ…」というと「何ふにょふにょって?」言うから「2ヶ月くらいかなー」なんて。そしたら、「2ヶ月!?」「うん2ヶ月」「2ヶ月もどうするの?」「何が?」って言ったら、「家のこと」という。「家のことは別にどうもならないでしょう。私は行くわよ」と、とにかく行くことにしました。そして行きました。

子供たちももう高校生で自分のことは自分でできるから、行きました。30代のわたしだったら行かなかったでしょう。

アメリカでカツ代さんはホームステイ先のホストマザーのヘレンが、食べ物を捨てない事に気づきます。例えば乾燥して黄色くなったセロリの葉や、カサカサになった細い茎までみんな刻んで使う。レタスも紫キャベツも、日本なら外側の葉は必ず捨てる人が多いのに、捨てずに使う。料理教室でもブロッコリーの茎も、皮をむいて輪切りにして全部食べる。コーヒーがたった一杯分残れば先生が生徒に声をかける、それに応えて空き瓶に入れて持ち帰る人がいる。そこでカツ代さんは、食べ物は神様からの賜物なのだと認識するのです。ケチなのではなく、物を大切にし、材料を無駄なく使うことの大切さを痛感させられます。そして同時に、捨てる時はどういう時なのかを考えることにより、農薬や放射能、私たちがスーパーでもらうビニール袋、プラスチック容器、発砲スチロールのパックなどについて問題意識を持っていくのです。

「好きなことをやっているうち、次から次へと興味が広がり、すべてが心の引き出しに入っていき、何一つ捨てるものがありません。辛いことも、好きなことだと耐えられるのです。」と、彼女は言います。

IV

とにかくカツ代さんは、思い立つとすぐ行動します。

耳の不自由な人が、料理講習会へ向かう途中、自分のような者が行ったら、先生や周りの人がどうすればいいか困るのではないかと不安になって、引き返してしまった話を聞くと、早速手話を習いに出かけます。

男声合唱団のメンバーが合唱の魅力を楽しそうに話すのを聞き「私も作る!」と女声合唱団を結成。友人知人に声をかけ、あっという間に50人以上集まり、その年の末にはチャリティコンサートまで開いてしまいました。

カツ代さんは言います。「物の見方を変えるだけで、嫌なことも良い方に見えます。我が家には親子のカラスが来て、親がいつも子に餌をあげています。とてもほほえましく、見ている私も優しい気持ちになります。一方で、カラスはゴミを荒らす憎たらしい存在としか見ない人もいます。私はゴミを荒らすほどお腹が空いているなら、私が餌をあげようと思います。2つの見方、生き方があるのです。」と。

カツ代さんはよく「元気な小林」と言われるそうです。「いつも楽しそうですね」と言われるそうです。嫌なこと、辛いことはいっぱいある。でも、生き物が大好きだから、そして、クモだって雑草だって、「あ、きれいね」って大事にする母親の姿を見ながら育ったから、どんな時でも、幸福感を感じながら生きていくことができるのだそうです。

命にかかわる「食」の大切さに心をとめ、神様が与えて下さる食べ物や動物や植物に感謝し、そして人を愛し、どんな時でも幸福感を感じながら生きているカツ代さん。何かをしようと思うこと、そしてすること、その大切さと元気をカツ代さんから教えられたように思います。

参考資料
  • 『光の中の食卓』 小林カツ代  日本基督教団出版局
  • 茨城県男女共同参画を考える県民フォーラムでの基調講演
    小林カツ代氏 「女性にやさしいか?「私たちの自覚」
    この講演は2004-7-14現在「こちら」に公開されています。