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2018年12月22日(土) 弘前市民会館 大ホールにてクリスマス礼拝を行いました。本 校のクリスマス礼拝は、救い主イエス・キリストの誕生を祝 い、その喜びを分 かち合うために計画されています。今年もたくさんの保護者・卒業生・一般の 方々と共に礼拝を守ることができました。

今年は、主に 生徒の感想によって礼拝を紹介します。生徒たちの素直な感想をお読み下さい。

吹奏楽部

クリスマス礼拝は、聖愛が1番大事にしている学校行事です。そんな大きな行事に、3年間吹奏楽部として参加出来たことをとても嬉しく思います。今年は、同級生がキャストをやっているのを見て、改めていいものだと思いました。そして、クリスマス礼拝は生徒全員の力があってこその行事なのだと、実感しました。3年間のクリスマス礼拝を通して、石垣先生がおっしゃっていた人のために尽くすことや、全員で何かを作りあげることの大切さなど、私自身も他の人達も、それぞれたくさんのことを得ることが出来たのではないかと思います。(山中 初花 3A)

ハンドベル

高校時代最後のクリスマス礼拝は音楽選択でハンドベルをやりました。昨年までは見ている側だったのでが今年はみんなの前に出てやる側です。ハンドベルを練習し始めた時は、ベルを鳴らすタイミングもわからずまともにできませんでした。しかし、先生に教えてもらい何度も練習を重ねるうちに、周りの音を聴きながら自分のならすタイミングを覚えることができていきました。何度もやることによって皆上達し、一曲一曲とても良い出来になったと思います。本番では緊張しましたが最後までやりきることができホッとしました。(蝦名 粋花 3D)

マリア

私はマリア様役をやらせていただき、初めは人前に出ることが苦手で嫌がっていましたが、練習するたびに本番が楽しみになり、徐々に頑張ろうという気持ちになりました。本番ではとても緊張しましたが、やり終えた後は達成感がありました!なかなか他の人が体験できない事を体験する事ができ本当に良かったです!また、とても良い思い出でになしました!そんな機会を与えてくれた先生にも感謝しています!(寺本 和裟 3A)

博士

クリスマス礼拝の博士をやってみて、とても楽しかったです。練習でも上手くできた歌のパートですが、本番が1番上手くできました。このクリスマス礼拝のページェントキャストになって自分を表現できたという経験は将来にきっと活かされると思います!あの場に立たせていただきありがとうございました!(小山田 晴斗 3D)

私はクリスマス礼拝で博士という役を終えて他者のための自分の力を役立てる気持ちよさを知りました。最初は先生に誘われて博士をやり、あまり自信も無く他の2人の役者が誰なのかもわからず、不安でした。ですが思い切って誘いを受け、その中で放課後練習するにつれ仲間同士のコミュニケーションなども取れ、次第に楽しくなっていきました。また、クリスマス礼拝ために働くことが楽しくなり、良い経験が出来たと思いました。高校生活最後の大きな舞台に立てて良かったです。よい思い出になりました。(奈良岡 蛍 3D)

羊飼い

羊飼いの役で舞台上に上がることになるとは思いもしませんでした。役者みんなが初めて顔を合わせ、練習がはじまり、緊張する瞬間が何回もありました。特に「さあ、ベツレヘムへ行こう」とのところは大緊張でした。しかし、何とかうまくいかせることができ聖愛の伝統を受け継ぐお手伝いが出来てうれしかったし、良い経験となりました。(小山内 凪沙 3F)

説教を聞いて

この説教を聞いて、「人に何か与える精神」を改めて考えさせられました。
特に占星術の学者たちの話がとても記憶に残りました。彼らは、東の方から来た「異邦人」であり、はっきり言ってしまえばイエスが生まれた、とわかっても「はぁ、そうですか。それで?」と思うことも出来たはずです。しかし彼らは、彼ら自身が持って行ける最良の貢ぎ物をイエスに与え、ひれ伏して拝んだのです。学者たちがイエスにしたことは、思考することはできても行動することは困難なことです。しかし、それは今の世界中の人々に共通して、欠けてはならないことだと私は思います。
説教の冒頭にもありましたが、フランスのマクロン大統領が、「古い悪魔が再度目覚めつつある」と述べていました。これは世界各国で近年見られる「ナショナリズム」について強い懸念を示した言葉です。「ナショナリズム」は「大規模な自己中」です。「国が1番!自国を優先!」という考えです。この考えが増えてしまえば、マクロン氏が述べた「古い悪魔」は、きっと私たちが思っている以上に早く、深い眠りから覚めてしまうのではないかと私は思います。
今、世界で必要なのは、この小さな「聖書」という書物に記された「人に何か与える精神」だと思います。この精神は決して忘れてはならないものであり、「ナショナリズム」を「愛国主義」へ、「自己中」を「博愛主義」へと変えていくことが、私たち人間1人1人、また世界各国の今後の課題になるのではないか、と私は考えます。(佐藤 薫瑠 3E)

私は石垣先生の説教を聞いて、自国第一主義についてとても考えさせられた。
自国第一主義とは、自国の利益を最優先するという考えだ。私はゆくゆく、この最優先基準が国から政府になり、政府が国の官僚になり、いずれ、国のトップ一人に権力が集中するのではないかと考える。2000年のローマの状況に近づいてる中で、イエス誕生の報告を羊飼いと異邦人に知らせた意図と結びつけて私なりに考えてみた。それは、平和な世界を築くためには、今向いている矢印を逆に向けなければいけないという意図だと感じた。2000年前のローマも今の自国第一主義国も全ての矢印が王様または国のトップに示されている。それは自国第一主義支援者も反対者も同等の矢印が支援、不満といった形で向いている。これからの国際社会は、自国第一主義国同士による争いを阻むために、国のトップが矢印の末端である、子ども、学生、貧困者に矢印を向け、国境超えて支援していくべきだと感じた。これは!もちろん国より組織の小さい我々にも言えることだろう。自己中心的な側面は、信用を失うと私は思っている。(太田 周作 3D)

さやかに星はきらめき

「さやかに星はきらめき」は、普段の礼拝では歌わない曲ですがわたしはとても大好きです。今年は朗読だったせいもあって、後ろから来るみんなの声に包まれて歌っている感じが不思議な感覚でした。一体感があって歌えることの曲をこれからもぜひ歌い継いでいって下さい。(三隅 夏希 3B)

ハレルヤ

3年生にとって最後のクリスマス礼拝が終わりました。私が1番印象に残っているのは、役者としてステージの上に立てたことです。ですが、その他に「ハレルヤ」も印象に残っています。

聖愛でハレルヤを歌うのはもう二度とないと思うのでいい思い出になるように精一杯歌いました。また、私たち3年生だけでなく鎌田先生も指揮をするのは最後になります。今回のハレルヤはとても迫力があり、私たち3年生・鎌田先生にとってとてもいい思い出なったのではないかなと私は思います。(棟方 愛海 3F)

最後に

私は聖愛高校に入るまでクリスマスとはパーティをし豪華なごちそうを食べ、プレゼントをもらえる日だと思っていました。聖愛で初めてキリスト教や聖書に触れ、クリスマスとはイエス・キリストがこの世に誕生した日であることを知りました。私と同じようにクリスマスがイエスの誕生した日であることを知らない人たちがいるなら、ぜひそんな人たちにイエスがこの世に生まれたことはすごいことなんだと知ってほしいと思います。朗読の仕事は大変でした。やるとは言ったものの、プレッシャーも大きかったし、声がうまく出ずに先生方から何度も「もっと声を張って!」と注意されました。先生方や役者、朗読者、そして全校生徒の思いが一つになって素晴らしいクリスマス礼拝を作り上げることができました。私は何か一つ乗り越えられたようなそんな気持ちがしています。とても良い経験でした。(新関 天音 3A)