2017年12月23日(土)14時30分から弘前市民会館大ホールにてクリスマス礼拝を行いました。本校のクリスマス礼拝は、救い主イエス・キリストの誕生の出来事を祝い、その喜びを分かち合うためにこの礼拝は行われます。

今年も多くの保護者、卒業生、一般の方々と共に礼拝をささげることができました。聖書が朗読され、朗読に合わせて生徒よるページェント(キリスト降誕劇)も繰り広げられました。また讃美歌が歌われ、それらが交互になるかたちでクリスマス礼拝は進みました。その合間には吹奏楽部や音楽部(ハンドベル)の演奏も織り込まれました。

大きな困難を抱えながらクリスマスを希望として受け入れることができますように。

このページでは、クリスマス礼拝の様子や、説教、献金、生徒たちの感想についてご報告します。



2017年クリスマス礼拝説教献金生徒たちの感想

前奏

吹奏楽部による前奏と共にクリスマス礼拝が始まります。 曲はアドヴェントの讃美歌「わが心はあまつ神を」(讃美歌95番)です。



招きの言葉

礼拝への招きの言葉として、イザヤ書60章1~5節の言葉を聖書朗読者が読みました。

点火

音楽部によるハンドベル「もみの木」の音色と共にアドヴェントクランツのロウソク4本に火が灯ります。



受胎告知

天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」(ルカによる福音書1:28-29)

音楽部

クリスマス礼拝の中ではアドヴェントクランツ点火や献金の際などにハンドベル演奏を担当したり、部員のみによる合唱、会衆賛美の中で歌われる賛美歌でオブリガートを担当するなど大切な役割を果たしてくれています。

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救い主イエスの誕生

彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、 初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。(ルカによる福音書2:1-7)

羊飼いたち

天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。その喜びを賛美歌「まきびとひつじを」と「あらのの果てに」にのせて歌います。

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占星術の学者たち

長い旅をして幼子イエスのもとに来ました。学者たちは幼子イエスへささげものを賛美歌「われらはきたりぬ」をそれぞれソロで歌いながら飼い葉桶に寝かされたイエスの元までやって来ます。

説教

「語り継いで記念とする」と題して、石垣雅子宗教主任です。



献金

生徒・教職員、ご来場の方々から献金が寄せられました。献金は、アジア・アフリカの人々のため
献げられます。
生徒・教職員・市民会館に来て下さった方から献金が寄せられました。
この世界において困難な立場にある人々や支援を必要としている人々のために献げられました。



ハレルヤ

高校三年生の生徒によるピアノと吹奏楽部の演奏と共に大合唱です。朗読者と役者も客席に戻り、全会衆が一体となって歌います。今年は中学1年生も共に歌うようになりました。

クリスマスの挨拶

最後にスタッフ全員でクリスマスの挨拶です。

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文中の聖書の引用は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』 によるものです。

宗教主任 石垣 雅子

語り継いで記念とする

聖書の言葉

人々が深い御恵みを語り継いで記念とし救いの御業を喜び歌いますように。主は恵みに富み、憐れみ深く忍耐強く、慈しみに満ちておられます。主はすべてのものに恵みを与え造られたすべてのものを憐れんでくださいます。

日本聖書協会新共同訳聖書 旧約聖書 詩編145編7-9節

 

I

 わたしは12月上旬、高校2年の修学旅行の引率をいたしました。この学校の修学旅行は「平和教育」を柱としていて、沖縄で沖縄戦のことを学ぶプログラムを組んでおります。そして、「平和教育」のための大切な見学地として、第二次世界大戦最後の激戦地、沖縄で実際に使われた鍾乳洞を訪れております。沖縄には自然にできた鍾乳洞がたくさんあり、それらの鍾乳洞は沖縄戦の際に住民や日本軍が避難するために、また病院としても用いられました。わたしたちが訪れ、ガイドさんの案内によって中に入ったのは糸数壕、またの名をアブチラガマと言います。懐中電灯の灯りが頼りです。鍾乳石から水滴が垂れるため、濡れているところもあります。はじめて入ったときには滑って転びかけたのを憶えています。ガイドさんの「それでは懐中電灯を消してみましょう」の声でみんなが懐中電灯を消すと、全く何も見えません。真っ暗闇です。ポトン、ポトーンと水滴が落ちる音だけが、かすかに聞こえます。こんな真っ暗闇の中で、72年前に多くの人々が息を潜めながらここにいたのかと思わせられる時間でした。その後、ひめゆり祈念資料館を見学したのですが、ガマの再現模型を見て、側にいた生徒たちは「さっきの方がずっとリアルだったよね」「本物を見ちゃったよね」と語っておりました。素直な思いだと思いました。
わたしは何回あの場所に行っても、あの真っ暗闇の経験に重たい気持ちになります。このような中にあって、生命をつなごうとしていた人々の苦しさと辛さとを思うのです。何も見えない真っ暗闇を想像して下さい。決して愉快な気持ちにはならないでしょう。でも、わたしはあの場所を経験した人と、あの場所に行ったことがない人はこれからの人生が少し違ってくるのではないかと考えているのです。もちろん、修学旅行に行ったけれども事情が許さずに入れなかった人もいます。修学旅行自体に行けない人もいました。が、あの真っ暗闇の経験をした人にはわかることがあると思います。「こんなところで生きるのは厳しすぎる」「あまりにも辛すぎる」ということです。72年前の過酷な状況を想像することができる。鍾乳洞の真っ暗闇の中で生きた人々、そして生命を落とした人々のことをです。

 イエスが誕生した2000年前のユダヤの状況も大変過酷であったということは歴史的な資料から読み取ることができます。暗い時代だったのです。もうすぐこの世が終わるという終末(この世の終わり)思想が語られ、この世に希望を持てなくなっていた人々がたくさんいたと言います。平均寿命が40歳に満たなかったとも言われています。わたしの年齢だと、もうこの世にはいないということですね。医療技術が進んでいない時代のことですから、そこは差し引く必要があります。が、あまりにも酷いですね。ローマ帝国が支配し、「パクス・ロマーナ」と呼ばれている時代であったのですが、「パクス(平和)」とはほど遠い生活を強いられていたのがユダヤに住む多くの人々だったのです。一握りの金持ちと大多数の貧しく厳しい生活を送る人々がいたわけです。《そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。》と、先程、朗読されたルカによる福音書のイエス誕生の場面でがありました。登録というのは税金をローマ帝国に納めるための人数調査を行うという意味です。支配している地域から税金や収穫物を無理矢理に出させてローマ帝国が潤っていたわけです。貧しい人々にとっては生きていく希望が持ちにくい、その日その日を何とか生きていくのがやっとというような時代だったのです。
イエスの母マリアと父ヨセフも、住民登録のために普段暮らしているガリラヤの町ナザレからユダヤのベツレヘムへ行ったと聖書は語ります。身重のマリアにとっては旅は過酷です。加えて、《宿屋には彼らの泊まる場所がなかった》とも書いてあります。マリアが身を横たえて出産する場所が見当たらない。せめてもと、家畜小屋に二人は身を寄せ、マリアはイエスを出産したのだろうと想像されます。酷い話です。マリアもヨセフは本当に困っただろうと思います。でも、酷いと文句を言ったとしても、その状況は変わりません。二人で「何とかする」しかないのです。
わたしは、いつも思います。「何とかなる」と生徒の皆さんはよく言います。言わなくても言動がそのようになっている人がいます。でも、多くの場合、「何とかなる」が最終的に「何とかならない」ことになって、こんなはずではなかったと泣きを見るはめになるのです。「何とかなる」というのと「何とかする」というのは全く意味が違います。マリアとヨセフが「何とかなる」というように考えていたら、結果的に「何ともならない」ことになって、イエスをこの世に誕生させることができなかっただろうと思います。宿屋を何軒も訪ね「あなたたちの泊まる場所はありません」と断られ続けた。それでも、二人は何とかしようとした。「子どもが生まれそうなんです。身を横たえてる場所はありませんか」と、そして何とか家畜小屋の片隅を貸してもらった。「何とかする」という姿勢がなかったらできない、「何とかなる」ではイエスをこの世に誕生させられない。マリアの「何とかして、この子を無事に出産したい」という思い、ヨセフの「何とかして、この子を無事に出産させたい」という思いと行動があってこそ、イエスはこの世に生まれてきたのだとわたしは思うのです。

 加えて、イエス誕生の知らせを受けてやって来た羊飼いたちも、占星術の学者たちも同じだと思います。もし、羊飼いたちが天使から知らせを受けても、「今忙しいので無理です」とか「羊の管理が大変です」というように自分たちの都合を優先させていたらどうなっていたでしょうか。イエスには会えていませんね。羊飼いたちは《「今日、ダビデの町であなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。」》と天使から告げられ、夜の闇の中、必死になって,頑張って、急いでイエスのもとへ向かったのです。
また、占星術の学者たちもユダヤのベツレヘムにユダヤ人の王なるイエスが誕生するという星の知らせを知り、はるばる旅して来ます。彼らは遠い東の国からやって来たのです。砂漠を越える困難な旅路を経て、イエスに黄金、乳香、没薬を献けるのです。学者たちも「そんなことよりやることがあるし」とか「めんどくさいことはしたくない」とか自分たちの都合を優先させていたらどうなっていたのでしょうか。もちろん、生涯イエスに会うことはなかったでしょう。
羊飼いたちも学者たちも、「何とかして」という姿勢があったからこそ、イエス誕生の証人になることができたのです。「何とかなる」という考え方ではあまりに困難すぎて途中であきらめてしまっていたことだろうと思います。「何ともならなかった」と言い訳をしてしまっただろうと思います。
それらの人々は、勇気ある人々です。暗い時代のただ中にあって、それでも光を求め、光を見出そうとした人たちです。暗い闇の中、希望を見出し、希望のために、自分たちのできることを尽くそうとした人たちです。そのときその場所で、とっても頑張った人たちなのだと思います。そのような人々がいたからこそ、イエスはこの世に生まれて来られたのです。赤ちゃんは自分の力では生まれません。母親の力があってこそ生まれてこれるのです。そして、まわりの人々の力があってこそ生まれてくるのです。かつてこの世に生まれてきた皆さんももちろんそうであったのです。たとえ状況がどうであれ、生まれてきたときには母親が必死になって「何とかする」と生みだしこの世に生まれ、そして育ち、皆さんの今日があるのです。

 もし、イエスがこの世の片隅で2000年前に生まれてきただけであったなら、わたしたちはクリスマスをこのように祝わなかったかもしれません。でも、今わたしたちはイエスの誕生を心から祝っています。心からお迎えしています。心から讃美しています。それは、2000年前にイエスがこの世に生まれてきたことを知っているからです。そのことのために、必死に頑張った人々がいることを知っているからです。羊飼いたちは,占星術の学者たちは、自分が目の当たりに見たイエス誕生の出来事を多くの人々に語り伝えました。そして、その物語を2000年間もの長い時間語り継いできたたくさんの人たちがいます。2000年後に生きているわたしたちもまた、その中の一人なのだと思います。
たとえ真っ暗な闇の中あっても、そこに一筋の光があることをわたしは信じたいのです。72年前、沖縄でやがて戦争は終わり、ガマの中から人々が明るい地上に出て来られた人々がいるようにです。生きられた人は決して多くはなかった。たくさんの人は亡くなってしまった。だから重たいし、辛いです。が、戦争が人々を死に追いやったことを、ガマに入ったわたしたちはその場所に行ったことを通して知っている。「何ともならない」中で「何とかしよう」として、もがいていた人々がいたことを知っている。そして、二度とこのようなことが起きないようにと願っている。「さっきの方がずっとリアルだったよね」「本物を見ちゃったよね」と語る生徒たちは、きっとそのことを誰かに語り継いでくれるだろうと思います。
クリスマスとは、その出来事に参加し頑張った人々によって受け継がれた大きなメッセージです。わたしたちはそのとき必死になった人々のその頑張りに励まされ、支えられます。さらに、わたしたちもその頑張りに参加するようにと促されているのだと思います。
どんなに暗い闇の中にあったとしても、「何とかする」という思いで結集した人々がいた。だからこそクリスマスの出来事はこれまで受け継がれ語り伝えられてきたのだと思います。どんな闇の中にあったとしても、光がある。希望がある。未来がある。何故なら、「何とかする」という思いを受け継ぐわたしたちがいるからです。その思いがある限り、わたしたちはイエスの誕生の出来事を、後の時代に必ずや語り継いでいくだろうと信じます。

今年も生徒、教職員、そして市民会館に来場して下さった方々から献金が寄せられました。献金とは、困っている人にお金をあげることではありません。私達が生きるこの世界が本当に豊かになるための行為です。

この世界にあって、虐げられている人々、困難に直面している人々、助けや支えを必要としている以下の団体に送られます。この趣旨に賛同し、生徒・教職員、そして市民会館に来場して下さった方々から40万円程のクリスマス献金が寄せられました。

この献金は、以下の団体の働きのためにお献げすることとさせて頂きます。本当にありがとうございました。

献金の送り先

  • アジア保健研修財団
  • アジア学院
  • チャイルド・ファンド
  • ワールド・ビジョン・ジャパン
  • 日本キリスト教協議会
  • 山谷兄弟の家伝道所(まりや食堂)
  • アイヌ民族情報センター
  • 日本聾話学校
  • 日本聖書協会
  • 国際ギデオン協会
  • 農村伝道神学校
  • 光の子どもの家
  • あおもりいのちの電話
  • 牧ノ原やまばと学園

聖書朗読者

1,2年生の時の席で見ていたクリスマス礼拝とは違い、ステージに立ち、朗読をすることができました。3年生最後のクリスマス礼拝にこのようなかたちで参加することができてよい経験になりました。

(3-F 杉谷柚羽)

羊飼い

6年間で最後の思い出となりました。人がたくさんいたけど、やりきることができてよかったです。羊飼いでよかった。

(3-F 和田穂乃花)

学者

高校生活最後の行事に役者として出演することができたのがうれしかったです。自分の歌唱力に自信はないですが、しっかりと歌うことができてよかったです。

(3-F 今和英)

天使

天使にちゃんとなりきれるか不安でしたが、自分らしい天使になりきれたと思います。人がたくさんいて緊張しましたが、練習通りにできたし、楽しくクリスマス礼拝を終えることができてよかったと思います。

(3-D 原田桃子)

マリア

マリアに決まった時は「嘘でしょ」と思い、不安でした。けれどもクリスマス礼拝の大切さやクリスマスへの認識が変わり思い出に残るいい経験になりました。

(3-F 若澤芽美)

ハンドベル&オブリガート

五年間音楽部としてクリスマス礼拝をやってきました。今年で最後だと思い感慨深かったです。今年はオブリガートやハンドベル等五曲やらせてもらいました。なかでもグリーンスリーブスは五人だけで歌ったのでとても緊張しました。私たちが卒業すると後輩が2人だけになるので心配ですが、聖愛の音楽部をつなげて残していってほしいです。

(3-H 平野瑠果)