聖愛の歴史2

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1915(大正4)年

第14代校長ミス・ラッセル着任。以後13年余にわたる在任期間に学校はめざましく発展した。1929年に立てられる坂本町新校舎の建設資金はラッセルの8年にわたる要請により宣教師会からもたらされた。ラッセルは県立弘前中学校の英語講師も兼任している。

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1929(昭和4)年

坂本町に校舎を新築する。現在多くの人の知る聖愛の坂本町校舎はこのときに建てられたものである。

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バレーボールのゲームの様子。右後方は宣教師館。

1940(昭和15)年

御真影拝受、同年10月婦人伝道協会の援助を辞退し自立経営となった。外国からの資金援助を拒絶するというキリスト教教育同盟会の申し合わせであった。学級増、定員増で対応した。

1941(昭和16)年

日米関係が悪化、ミス・カーティス、ミス・テイラーは本国の引き上げ命令により帰国。太平洋戦争がおこり学校は戦時色におおわれる。

1945(昭和20)年

空襲に備えて校内の備品・器具の疎開がはじまった。弘前市は防空防火のため、建物疎開を計画したが本校の建物を取り壊し広い道路とすることが含まれており、学校側は学校を軍需工場とする計画もそえて取り壊し中止の歎願を繰り返した。最後の陳情予定は8月15日午後1時。この1時間前、戦争が終わった。

 

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