宗教主任 石垣 雅子

聖書の言葉

神は霊である。
だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。

日本聖書協会『新共同訳 新約聖書』 ヨハネによる福音書 4章24節

昨日から1週間の予定で礼拝堂の改修工事が行われます。礼拝堂の床の一部分がふかふかしてきて、踏みこむと危ないと判断し工事をすることになりました。そのため、礼拝もこのように放送により行うこととなります。礼拝堂に入場しないのは、わたしにとっては多少いつもと異なるペースなだあと考えています。

この学校は、キリスト教主義の学校教育を行っているので、毎日毎日礼拝があります。礼拝をするということはこの学校が120年を超える歴史の中でずっと大事にし続けたことです。そして、礼拝堂はそのための場所として大切にされてきました。もともとこの学校は今の弘前中央郵便局のあるあたり、坂本町というところにありました。その坂本町からこの原ヶ平に学校を移転するということになったとき、礼拝堂を移築したのです。そのままの形を限りなく残して、そのままの材料で、原ヶ平に礼拝堂を連れてきたのです。

昔々の名残は礼拝堂のいくつかのところに見られます。窓ガラスの中には「聖愛」と刻んであるものが残っていますが、礼拝堂から窓ガラスが盗まれないようにガラスに書きこんだのだと聞いたことがあります。ガラスが貴重品だったのですね。皆さんが座る椅子、これも今作ろうと思えば作れないほど立派な木が使われています。戦争中はこの椅子が壊され薪にして燃やされてしまわないように疎開させた(隠しておいた)という話も伝わっています。

古い建物なので、これからの季節は寒さを感じることも多くあるだろうと思います。毎年冬の間は寒い中で礼拝のときを持たざるを得ず、皆さんに申し訳ないと思います。でも、礼拝堂はこの学校の中で、この学校らしさを一番物語る歴史的な建物です。礼拝をし続ける学校の中で、礼拝をするために、礼拝を大事にするためにある場所です。先月キリスト教主義学校教育同盟の東北・北海道地区の先生方がこの学校に来られた際も、古いけれどもとても良い建物だと誉めて下さいました。何枚も写真を撮っている方もいました。礼拝堂の床が改修されたら、この学校の長い歴史に思いを寄せ、わたしたちもこの学校の歴史を担う一人一人であることを意識して礼拝のときを過ごして欲しいと思います。