宗教主任 石垣 雅子

聖書の言葉

イエスは片手の萎えた人に、「真ん中に立ちなさい」と言われた。

日本聖書協会『新共同訳 新約聖書』 マルコによる福音書 3章3節

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昨年の夏休みのことです。わたしは教員免許の更新講習のため、東京のある大学へ通いました。免許が失効すると学校で働けなくなるので、仕方ないと思いながら5日間朝から晩まで様々な講習を受けました。その初日のことです。はじまる時間より少し前に講習を行う教室へ入ったわたしはあせりました。人がいっぱいなのです。同じ講習を受ける人たちがたくさんいて、もうすでに座っていて、空いている席があまりないのです。本当のところ、後のすみっこの席に座って、何となくやりすごそうと思っていたのです。

でも、そうはできません。仕方ないと思って、覚悟を決めて、講師の真ん前の空いている席に座ることにしました。それから5日間、毎日毎日講師の前の席に座ることにしました。せっかく勉強しに来ているのだから、一番前に座って真剣に話を聞くことにしたのです。講師の先生に当てられて答えたり、黒板に行って書いたりということもありました。が、おかげで終わったときには久しぶりにすごく勉強したという達成感があったことを今でも憶えています。

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たくさんの人がいるところで、なるべく目立ちたくないと考える人は多いと思います。できるだけすみっこの方で、誰にも注目されないようにと思うのです。今日の聖書にも、できるだけ目立ちたくなかっただろう人が登場します。片手が不自由だった人です。でも、イエスはこの人を会堂の真ん中に立たせようとするのです。「真ん中に立ちなさい」と語りかけるのです。

イエス当時の社会はとても差別的でした。障がいを持っているとか、病気だという理由によってのけ者にされたり、白い目で見られたり、つき合ってもらえなかったりということが行われている時代でした。そのような状況ですから、片手の不自由な人はなるべく目立たないようにして、会堂のすみっこにひっそりといたいと思っていたはずです。

けれども、イエスはその人のことを注目し、「真ん中に立ちなさい」と呼びかけました。わたしはあなたのことを見ている、認めているのだと語りかけるのです。生徒の皆さんも、なるべく目立ちたくない、何とかやりすごそうと考えて座っていることが多いのでしょう。が、イエスはそのような皆さんにも目をとめ、「真ん中に立ちなさい」と招いて下さるお方なのではないでしょうか。