宗教主任 石垣 雅子

聖書の言葉

わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。
人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。
わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。

日本聖書協会『新共同訳 新約聖書』 ヨハネによる福音書15章5節

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わたしたち人間は成長するのにとても時間がかかる生き物です。そして、誰でも一人では生きていけません。お世話してもらう必要があります。ある種の魚たちは何千何万と卵を産みますが、産んだら産みっぱなしです。その中から大人になるものが一匹とか二匹いるというものも珍しくないのです。でも、わたしたちは人間は違います。子どもたちは、色々な人から助けられ、支えられて生活しているし、成長するのに手助けしてもらっています。たとえば、生徒たちが学校に来るためには保護者の皆さんの協力が必要なはずです。弁当を作ってあげたり、送り迎えをしてあげり、いるものを買ってあげたりしているはずです。生徒たちは学校に来ても、友達と一緒に様々な活動をし、わたしたち教師からお世話されたりして生活しているはずです。

そう考えてみると、出会ってつながることが人生の様々な場面で起こるということになります。他者と出会い、知り合い、つながっていく。一人では生きていけないわたしたちは、様々な人とのつながりの中で生きていくわけです。わたし自身も、これまで生きてきた中でたくさんのつながりに助けられ励まされてきました。学校という場所もその一つです。わたしはこの学校に来て15年になります。来たばかりの頃はこの津軽という土地にも、学校という職場にもなじめていなかったなあと思います。教師という仕事は自分にはむいていないんじゃないかとも考えました。その頃のわたしは若かったし、生意気でした。けれども、次第にわたしは教師という仕事も津軽という土地も好きになっていきました。それは、おそらく様々な人とのつながりができてきたからだと思います。先生方、そして生徒の皆さんとつながれるようになってきたからだと思います。

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でも、このような人間同士のつながりだけがわたしたちのつながりではないと聖書は教えています。わたしたち人間と神様とのつながりを聖書という書物は示してくれているのです。今読んだ箇所もそのうちの一つです。ぶどうの木にたとえて、人間と神のつながりを示してくれています。植物が実りを豊かに結ぶためには、根をしっかり張って養分を吸い上げなければなりません。同じように、わたしたち人間も神という枝につながっていなければならないと教えているのです。わたしたちは、人とつながり、そして神とつながって生きているのだと教えるのです。

この学校は、神とつながり、そしてそのつながりを大事にした人々がつくり出した学校です。126年前、神を信じ、イエスを信じた人々が小さな学校をつくった。そして、126年間絶えることなく神につながり続けた学校です。生徒たちは、そのつながりの中に生活しています。生徒たちは、それぞれがやがて豊かに実を結ぶためにこの学校でそれぞれ一歩一歩を刻んでいます。人とつながり、神とつながる。わたしたちも、このつながりの中にあって、生徒たちを心から応援し続けたいと願うものです。