宗教主任 石垣 雅子

聖書の言葉

各自で、自分の行いを吟味してみなさい。
そうすれば、自分に対してだけは誇れるとしても、
他人に対しては誇ることができないでしょう。

日本聖書協会『新共同訳 新約聖書』 ガラテヤの信徒への手紙6章4節

i

わたしたちは誰でも目標を持って毎日を送っているのではないでしょうか。皆さんはどういう目標を持っていますか。高校3年生の皆さんはもう半年経ないうちに高校卒業という旅立ちが待っています。高校を卒業して、それから何をするのか。今皆さんは一生懸命自分の進路を決めるために頑張っている時期ですね。自分の目標に向かって今できる限りのことをしようとしているのだろうと思います。3年生の皆さんのみならず皆さんには自分の人生の目標があるのではないでしょうか。それぞれが、その目標に向かって努力したり知識や知恵を得たりする必要があるでしょう。それはとても素晴らしいことですし、大事なことだと思います。

目標や理想や夢は、わたしたちに生きる希望や勇気を与えてくれるものです。ただ何となくどうでも良いような一日を送るのではない。やるべきことを計画し実行しようとする必要があると思います。一日が同じ24時間でもどうでも良いような一日としっかりやった一日は内容が違いますし、充実感も違います。これはわたし自身の実感でもあります。どちらが良いのかは言うまでもありません。

ii

では、わたしたちが目標や理想や夢に近づくためには何が求められているのでしょうか。何かを我慢したり、少し無理をしたり、人知れず努力したりということが必要でしょう。時間的に余裕のない一日になってしまうこともあるかもしれません。実のところ、目標に近づくためには、ある程度自分を不自由にしてしまうことでもあると思います。制限やルールを自らに課すということでもあるのです。そして、その制限やルールの中で少しずつ近づいていくしかないものなのだろうと思うのです。

それは嫌だ、自分には制限やルールなんていらないと考える人もいるかもしれません。そういうのにはまるのは格好悪いことだと反抗したい人もいるかもしれません。でも、目標を持たず、流されるままに行き当たりばったりの人生を生きていくことが自分のためになるでしょうか。未来において、幸せを自由をもたらしてくれるのでしょうか。おそらく大部分の皆さんはそうは思っていないはずです。

生きることは時にややこしくてめんどくさく、自分の思う通りにはいかないものです。が、わたしたちの人生は自分自身のためにあるものです。それぞれの人生なのですから、自分で切り拓いていくしかないのです。そして、誰かから邪魔されたり、何かによって断ち切られてしまってはいけないと思います。

iii

今日読みました聖書は《各自で、自分の行いを吟味してみなさい。》と勧めています。一人一人、自分が今やっていることを振り返って考えてみなさい、検討してみなさいということです。わたしたちはなかなか自分自身のことが見えていませんしわかっていません。そして、まわりの人々のこともなかなか見ていないのです。理解できていないのです。これは大人でもそうです。

誰でも立ち止まって今の自分を眺めてみる必要がありそうです。そして、自分の目標や理想や夢について確認してみる必要がありそうです。自分に与えられている制限やルールについて確認してみる必要がありそうです。今これで良いのか。この先どうすれば良いのか。時々そういうことを自分に問いかけてみなければならないと思うのです。いつも言っていることですが、わたしたちの人生はかけがえのないものです。代わりのきかないものです。またとない人生を充実させて生きるため、自分の目標や理想や夢に近づくために自分自身を吟味し振り返ってみたいと思います。