宗教主任 石垣 雅子

聖書の言葉

あなたがたはそれぞれ、賜物を授かっているのですから、神のさまざまな恵みの善い管理者として、その賜物を生かして互いに仕えなさい。

新約聖書 ペトロの手紙1 4章10節

I

今ここにこうして集まったわたしたちはひとりひとりが違っている存在です。ひとりひとりが違うということはとても素敵なことです。でも、わたしたちはひとりひとり違うということの素晴らしさに素敵さに気がつかないで生きています。気づかないどころかみんなと違うために、みんなと同じことができないために、劣等感やコンプレックスを抱いてしまうことすらあるのです。
わたしは小学生の頃鉄棒の逆上がりができませんでした。みんなができることが自分にはできない。このことはわたしに劣等感を抱かせました。高校生の頃、数学ができないことがコンプレックスでした。恥ずかしいお話ですが、高校1年のときに数学のテストで7点だったことがあります。わたしの人生で一番最悪の点数でした。数学がわからないというのはわたしにとって未だにコンプレックスのひとつです。
しかし、誰でもそうですが得意なこともあります。誰でもできないことがあるのと同時にできることもたくさんあるはずなのです。できることや得意なことがひとりひとりの才能やひとりひとりの違いにつながるわけです。数学に対してはコンプレックスを抱いていたわたしも、何とか高校を卒業し大学に入ってここに至っています。できないことと程良くおつき合いする方法も色々おぼえました。自分にはできることがたくさんあるのも見つけましたし、それが今のわたしの自信につながっています。

II

今日の聖書には「あなたがたはそれぞれ賜物を授かっているのですから、神の様々な恵みの善い管理者として、その賜物を生かして互いに仕えなさい」とあります。ここで言われている賜物という言葉は今わたしが話したできることに置き換えてもいいと思います。あるいは、得意なことや才能と置き換えても良いと思うのです。
ですから、この箇所はこのように読むことができるのではないでしょうか。
みんなにはそれぞれできることがあるはずだ。ひとりひとり違うけれども、できることがあるはずだ。「あれもできない」「これもできない」と言う前に自分にできることを見つけて、それをのばしていくことが大事なんだ。
自分にはこれができる。でも、お前にはできないだろうとけなし合うのは悲しいことです。そうではなく、みんなが自分にできることを少しずつ出し合って、わかち合えたら素敵です。自分のできることや才能をみんなのために用いることができたら素晴らしいです。神さまはそのようにしようとするわたしたちを見守り、励まし、導いて下さるのではないでしょうか。