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先生方からのメッセージ

2003年3月でご退職なさる先生方からメッセージをいただきました。

土岐司先生(理科)

2003年の春は、38年間の教員生活にピリオドを打つ特別な春になります。

38年とひと口に言うには余りにも長い年月のように思える。

そして、その間に出会った生徒の皆さんの数は測ることが出来ないほどです。 若さに任せてガムシャラに突進し、巻き込まれた生徒の皆さんの迷惑を顧みない時代も思い出す。 就任当初から、聖愛には無かった今で言う「アウトドア−」をスタートさせてキャンプに汗を流し、 生徒たちと感動を分かち合うことが出来る感性豊かな時代も懐かしい。苦労を苦労と 感じることも知らず馬車馬のように走っていた自分を思い出す。

だが、そこにはいつも生徒たちがいた。生き生きとした生徒たちを見る時、 それまでの苦労は水のように流れ去る。それが私のエネルギー源だった。

古い?時代の皆さん!クリスマスを思い出してください。坂元町の体育館に稲藁を運んで馬小屋をつくり 天井に星を吊り下げたクリスマスをしたことを覚えているでしょうか。楽しかったことの一つです。 今では市民会館を会場にしてクリスマス礼拝が持たれています。このプログラムは共学一期生を送り出す 節目の礼拝になりましたが、そのような節目に係わることが出来たことは本当にラッキーです。 このように38年に幾度も学院の転機にかかわることが出来たことは、私の大きな財産になっています。

91年のフィリピンの環境教育ボランテアに始まり、幾度かの韓国やネパールでの親善交流、 スポーツ交流でのアメリカの旅・・・・と近年は少しばかりインターナショナルな活動をし、 生徒たちと世界を広げることができました。

長い教員生活で一番は、やはりクラス担任を長く出来たことが嬉しい。 やはり、担任でいられることが大きな生きがいだった。クラス通信に命?をかけ日刊で頑張り無理して 購読してくれた生徒に感謝している。「担任が土岐」でがっかりした生徒もいただろうが、 それでも担任として勤められたことが勲章物だ。

個人的には、岩木山パトロール隊で山の安全に勤めたが遭難で死者を出した悲しみは忘れられない。 一方白神山地の保全保護に携わり、白神を知ることで忘れかけていた昔の生活を呼び起こしながら、 多くの人たちを知ることが出来た。少なくても自分の世界が学校を離れたところで新しくつくられたことは、 今後のライフワークを広げる基礎を作ることができた。

今後は、少しずつ自然に親しみたいと願う人たちとの交流を深めながら、私自身も自然の一部分で いようと願っています。とりあえず春からは韓国からのお客様を案内しながら自然をエンジョイしようと思っています。

卒業生の皆さん、山を歩きたいと思う時には、是非お声がけください。互いに若い時代にワープしましょう。 太陽と自然の風に身を預けて、癒されてください。

皆さんにメッセージが出来て嬉しく思います。最後に、いつも母校の発展を祈ってください。

宮本富恵先生(英語)

いつの頃の方々から、メッセージが届いているのでしょうか。コンピューターを自由に 駆使する若い方々から?それともしばし時が過ち、聖愛をなつかしく思われている方々から でしょうか。ホームページ担当の先生より、メッセージ教師紹介、退職予定教師優先とか。 優先権はもらったのですが、、、 ”パソコンで作られる場合はデータをそのまま頂ければ・・・・” と担当者。私”????? 何のこと?”そう、今だパソコンとは縁遠いのです。 それでも少し だけわかったこと、ローマ字から漢字に変換する時やっぱり人間の判断が必要、どんな便利な器機も 運用するのは人間、ということでパソコンの腕を磨く前に、人間の腕を磨こうと、退職を前にして大 決意?しているところです。

担当者から聖愛の思い出でもということでしたが、思い出になるにはもう少し時間が必要のようです。 でも時々夢の中に出て来る聖愛はなぜか坂本町の校舎です。

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弘前学院聖愛高等学校
http://www.seiai.ed.jp/