宗教主任 石垣 雅子

聖書の言葉

そのときから、イエスは、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って、宣べ伝え始められた。

日本聖書協会 新共同訳 新約聖書マタイによる福音書4章17節

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今日読みましたのは、イエスが自分の行うべき道を確認し、そして伝道といって、神の国のことや自分が信じる神のことを語り始めたという場面です。生まれ故郷であるナザレを離れ、ガリラヤ地方においてそれは行われたと記されています。家族の元からひとり立ちし、自立していっただろうことが想像されます。すなわち、大人になったイエスの姿が描かれているわけです。

わたしたち人間は誰でも、一年に一歳ずつ年をとっていきます。二十歳になれば成人したと見なされます。先日法律が変わって、十八歳以上に選挙の投票権が与えられるということにもなりました。大人になるということが時間の経過であるとするならば、時間がたって二十歳になれば大人ということになるのかもしれません。でも、わたしは大人になるというのは時間の経過ではないのかもしれないと考えています。自分のやるべきことを認識し、自立していくということが大人になることではないかと考えているからです。

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そのことは、わたし自身の経験からも思わせられることです。二十歳のわたしは大学生でした。わたしは、大学・大学院と七年学びました。それだけの時間が必要だったのだと今は思っています。まわりにはもっと年上の人もたくさんいたので、時間をかけることが駄目なことだとは考えませんでした。社会にでるための勇気がなかったせいもあると思います。二十六で社会人になりました。以来二十年余り牧師という仕事を続けられています。こうやって続けていられることを本当に幸せだと考えています。

ひとり立ちしたイエスがまず行ったこと。それは今日読んだ箇所にあります。「悔い改めよ。天の国は近づいた」と語り始めることです。人々に対し、自らの生き方を問い、反省すべきことを反省し、未来をより良いものとしていくように呼びかけたのです。それがイエスのなすべきことだったから、そしてそうしたいと思ったからだろうと思います。

高校3年生の皆さんは、自らの進路を真剣に考えなければならない時期を迎えています。したいこととできることが同じではないこともあるかもしれません。大人になるためにはもっともっと時間や経験が必要な人もたくさんいることでしょう。でも、皆さんは「大人のたまご」です。今できることから、今やるべきことから逃げず、自立への道を歩んでいって欲しいと願っています。(7月9日)